« 2012年8月 | トップページ | 2012年10月 »

2012年9月29日 (土)

93.94

端梁にリベット?のようなものがあるC56を

追跡してみているのですが、

159号機のそれは、冬季スノープラウの固定座のボルト

だとしても余分な箇所に多すぎるし

C56権威の本にもこれについての記述はなく。

93号機、94号機と連番のものに顕著というのも不思議なんですが

同じ日立製のお召しコンビには見当たらず。

 

 

 

もうちょっと個体差追跡してみます。

 

___

話は変わって

 

 

インレタ内製の白を切らして以降、

その同じブランドのオペーク(不透明)白が入手できず

仕方なく今回はカンプ屋さんに外注するも

納期的に厳しくなり。

かくて許諾書面いただいているのに

素材も梱包も終わっているのに

阿武隈急行8100素材は発送ができない状態です。

申し訳ございません。

(ここをお読みいただいている方は多くはいらっしゃらないのですが)

10月1日から青森離脱期間に入りますので、インレタは不要という方には

本日、車体素材を発送しております

続きを読む "93.94"

| | コメント (0)

2012年9月17日 (月)

感謝感激雨霰

最近は大胆にも

Img_8023
避雷器の筒部に

形式など明示され

判りやすくて楽しいのですが

シューの汚れが飛散してきたら読みにくかろうとか

余計なことまで心配しつつ。

 

 

さて、待望の書類を入手↓(本当はもっと前に到着していたものですが確認が遅れた)。

続きを読む "感謝感激雨霰"

| | コメント (0)

8620の写真とかスハ32の写真が

先月ですが、わが青森の地元新聞に

写真:鉄道博物館、というものが1面に来たことがあり

何事ぞと読めば

大湊線での軍用ガス実験に供された列車の話。

Touounippou20120821その後

数日、

この記事が

連載されました。

 

で、どうということは無いのですが以下私事

続きを読む "8620の写真とかスハ32の写真が"

|

2012年9月13日 (木)

孫引きの元

Osaka209
 

 

溶接構造になってリベットレス、という記述が

一部文献に見られるのですが、

屋根の継ぎ目はともかくとして

裾には1列にリベットが並んでいる

大阪市交209~213(209以外の全車は裾リベットありを画像で確認)。

ウインドシル、ヘッダーとドア脇柱は溶接かと思われますが

リベットも多用されているので、

前期型との比較とはいえ、リベットが少なくなってはいても

リベット全部が消えたわけではないようです。

 

 

 

さて、この形式200から次の増備車である形式300で

紹介される文にこれまた多いのが

「(形式100、200の)これまでの窓幅700mmから、

 800mmになった(ゆえ扉間窓数が減少)」。

しかしながら

Osaka300 

 

 

日車の車両史の図面を見る限りは850mmの窓幅。

ある文献に書かれた800mmという記述が

その後、研究者諸氏が図面を見て確認することなく

孫引きされ続けたと思われ、ちょっと残念。

 

形式300では

戦前の画像、また日車の図においては

各部の窓上隅Rがついているのですが

戦後、全部の窓隅が角に変更されているようで

(全車を追跡できていないのですが、屋根はオリジナルに見え

 地上区間で戦災の復旧、とは考えにくい)

建具だけでなく、開口部にまで手をかける

不思議な改造をしているようです。 

 

ともかく、窓幅800となると

時代を下って 

Osaka1200


 

 

1200(A)になるまで見当たらないようなのですが

違っていたらご教示ください。

続きを読む "孫引きの元"

| | コメント (0)

« 2012年8月 | トップページ | 2012年10月 »